2018年12月

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 先日、CSの日本映画専門チャンネルで放映された作品。「蔵出し映画」というところで取り上げられて、放映に先立って、評論家の佐藤忠男氏のコメントが入る。公開当時、あまり目立なかったとの指摘がある通り、忘れ去られた作品の一つのようだ。自分も今回その存在を初めて知った。

 中味は大企業礼賛に終始して、いささか居心地の悪いものがあった。出てくる会社「大芝電気」で明らかに「東芝」がモデルとわかる。電気だけでなく、インフラやレコード制作の部門を擁していた点で同社そのもの。大企業で代々就職して、それなりの功を遂げた一家が主人公で、あまりのべったりぶりで、今観ると少し困惑する。ただ、当時「昭和元禄」と呼ばれた時代の雰囲気はよく伝わってきて、それはそれで貴重な作品と云えるだろう。ただ、今の東芝を知ると内容がいささか空しく感じる。誰が「経営再建中の」という枕詞がつく会社になると想像し得たか。却って旧作を鑑賞する醍醐味みたいなものを感じた作品でもあった。

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 午前十時の映画祭の1本として上映されたので、それを観た。既にBSあたりで放映されていたので、録画して保存してはいるが、やはりスクリーンで観たいと思ったからだ。4Kデジタル上映だったが、今回観たものはやや輪郭がぼやけていて、思ったほど高画質には感じられなかったのは残念だった。もともとのマスターネガの劣化なのかもしれない。それと同時に主要キャストの俳優は殆ど鬼籍入りになっているので、経年が長きに亘っているということであろう。

 ジョージ・スティーヴンズ監督のフィルモグラフィからすると、「シェーン」の次の作品である。ということは土地に関連する話題が続けたことになる。そこから派生する歴史観、社会観を強く打ち出しているということだ。そして、今なお巣くっているアメリカの抱える社会問題を観客に突き付けている。この監督は、ヒューマニスティックな社会派ともいうべき監督であると改めて認識する。ラストはあっけない。肌の色の異なる二人の赤ん坊の眼が大きく映って「THE END」となる。この子らが成長したら、問題が少しでも解決前進して欲しいという監督の願いなのだろうか。残念ながら、あまり前進はしていないように見えるのだが。













 実の38年ぶりにスクリーンで観た。今年の「午前十時の映画祭」の1本に加えられて観ることができた。こういう作品もデジタル化されたのかと驚くと同時に喜ばしい。

 台詞なし、字幕も少なめというかなり実験的な映画ではある。淡々と進むのだが、後半に長男が急病で亡くなってしまう辺りは、山場だろう。自給自足だが、地主に作物を納めて地代に替えているのはわかる。しかし、この夫婦が何故こんな生活をしているのかは、一切説明はない。単なる変わり者なのか、しかし、そうでもなさそうだ。本土ではテレビなどが売られていて、ブラウン管に映るものを子供たちは不思議そうに眺めたりする。兄弟が捕まえた鯛を町で売って、買い物したりカレーライスを食堂で取ったりするのはやはり嬉しそうである。子供も両親を理解して、寄り添い手伝ったりする姿は何か懐かしいものを覚える。

 キャストは4人。他は地元の劇団や素人を配して、低予算で仕上げて、興行も良かったという。倒産寸前の近代映画協会を立て直しのきっかけを作った作品である。

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